チャンプ本の意味 :なぜチャンプを決めるのか? ビブリオバトルでは,みんなが5分間プレゼンして,そのあとに 「一番読みたくなった本」つまり チャンプ本 を多数決で決定します. さてさて,普通の読書会,書評会とはちがいますよね? このチャンプ本を決めることを 「勝敗を決めるなんて,読書になじまない!」 「みんな好きな本をよめばいいじゃない.勝つために本を読む訳じゃない.」 なんて仰る方もおられます. ごもっともな感じもしますが,実は,その場で 「チャンプ本」を決めるのは ただ,「勝ち負け」をつけるためだけのものじゃありません. チャンプ本 を決めることには 「人を通して本を知る.本を通して人を知る.」 ビブリオバトルの本質と関わった ふか~~~い 理由 があるのです! ビブリオバトルは,楽しい本を持ち合って語り合う コミュニケーションの場をつくる 方法 です. その場を実現する事に 「チャンプ本を決める」っていう, 一見,単純なゲームのような仕組みは, コミュニケーションの場に 大きな恵み を与えるのです.
さてさて, チャンプ本 をみんなで選ぶ という ビブリオバトルスタイルを とらなかった 場合, どういう失敗が起こりがちでしょうか? 【事例1】普通の書評会・読書会 => △みんなが好きな本を紹介するだけ で終わる!? 「みんなが好きな本をしょんで,好きに紹介すればいいじゃないか!?」 これでも,いいように思いますよね. もちろん,うまくいくこともあります. 話しの上手い人が,すきな本を紹介して楽しい時間が流れることもあるでしょう. しかし,得てして,これだけだと 「自分がこの本が好き」 という,ひとりよがり なトークに陥りがちになってしまうのです. 他の人に「語りかける」のではなく ただ「ボクはこう思った」「こう面白かった」 ということを 吐露するだけに なっていきます. また,選ぶ本も 「みんなもおもしろいと思う本」 ではなく ただ単に,自分が読んだ本,自分の感覚を そこに参加する「みんな」に関係なく 語ってしまうことになってしまうのです. 実は チャンプ本を決めること は ゆるやかに 「ビブリオバトルの場 は 参加するみんなのためになるもので あるべき」 という モットー を 仕組みとして 実現しているのです. 【事例2】 先生のいる勉強会・ゼミ => ×先生がチャンプを決める. よく,研究室やゼミの勉強会で 「今日は 下本荘君の 発表がよかったねぇ~.そうは思わないかいみんな.」 というように, 勝手に先生が評価を下す場面がみかけられます. 学校や多くの教育システムでは {一部の知識をもった偉い先生が知識の無い学生に「正しい」判断をおしえてあげる.} といった凝り固まった考え方 に縛られています. ビブリオバトルでは,そんな 考え方 を前提としませんし, 絶対的に優越した知識をもった人なんて存在しないと考えています. 民主主義的なコミュニケーションの場に 厚い信頼を感じています. ビブリオバトルの場は ×「その場の情報伝達を支配したい一部の人間のための場」 ではなく ○「その場に 参加したみんな が本や知識との出会いを楽しむための場」 を目指しています. 「みんなにとって面白そうな本」を持ってきた人, 「みんなにとって面白そうな本」をしっかり紹介した人 これが,ビブリオバトルの場に一番貢献した人なわけです. ですから,チャンプ本を選ぶのは「みんな」であるべきなのです. そう,ですから,「チャンプ本」を決める ことは結構大切なんですね. でも,間違えないでください. ビブリオバトルはスポーツとして,チャンプ本を決めているのであって, それが過剰になると良くないです. 雪合戦で勝敗を決めるのは楽しいでしょう? でも,カラダを動かしてみんなと遊ぶこと自体が ほんとは一番楽しさの源泉なのです. もし,勝ちたいが為に 「雪球に石を入れる人」 が現われたら その場は 楽しくもなんとも無い場になってしまいます. ビブリオバトルも同じです. チャンプ本を決めることは,スポーツとして,ゲームとしてのスパイスなのです. 決して,石を入れるようなアンフェアなことはやめましょう. また,そういう風な過熱状態にならないように,参加者みんなが配慮しましょう, 知的なお遊び に スポーツマンシップ (ビブリオバトラーシップ?)は大切です☆ 2010/02/17 文責:谷口忠大 |
